ダルタニャン物語について
全11巻でしかも1冊が407〜606ページ(解説等も合わせて計5669ページ)に及ぶため、読み終えるのに半年かかってしまった。興味を持って読むなら、1ヶ月位で読めても良さそうであるが、生来、遅読であるしゆっくり楽しむのもよいのではないかと思い、時間をかけて読んだ。同じデュマ作の「モンテ・クリスト伯」に比べると完成度の点では不満が残るが、それでも文豪のすばらしい作品を読んだという実感は残る。ここではこの作品の問題点と優れた点について述べたいと思う。
問題点のひとつめは、「ブラジュロンヌ子爵」(第6巻〜第11巻 以下、「子爵」と略す)の出来である。「三銃士」(第1巻〜第2巻)、「二十年後」(第3巻〜第5巻)はそれぞれ、悪の権化のようなミレディー、モードントを敵役として配し、読者はその敵役がダルタニャンらにどのように懲らしめられるかを追って行けばよいが、「子爵」はそういうわけには行かない。「二十年後」でも、最初は、ダルタニャン、アトス(王党派)対アラミス、ポルトス(フロンド派)に分かれ対立するが、4人で協力してチャールズ1世を救出しようとし、最後は一緒にフランスに戻り、それぞれの望みがマザランによりかなえられる。「子爵」ではそれがさらに複雑になる。アトスは引退してブロワから出ることは余りないし、ポルトスはアラミス側についたり、ダルタニャン側についたりする。タイトルにブラジュロンヌとあるのでダルタニャンは傍役かと思うが、第8巻、第9巻で出番が少なくなるが、一貫して主役である。
「子爵」を一言で言うなら、ルイ14世(以下、王と略す)の独善と王の暴走に拍車をかけるサン・テーニャン、コルベール他の寵臣の加担に翻弄される、ダルタニャン、アトス、ポルトス、アラミス、ブラジュロンヌ、ラ・ヴァリエール、フーケの運命が描かれていると思う。第1巻〜第5巻では、4人が協力して目的を果たす訳であるが、第11巻の終わりになると謀反を起こしたとしてアラミスとポルトスが王の命令を受けたダルタニャンに追われることになる。ダルタニャンとの直接対決はないが、追い詰められたポルトスはベル・イールの洞窟で巨石の下敷きになり絶命することになる。
問題のひとつめはここから先の物語の展開が急速で説得力に欠けることである。捕虜になるはずだったアラミスが高い地位の聖職者であるということでスペインに亡命できたこと。アラミスの進言などで王はオランダに兵を進めることになるが、その陣頭指揮を銃士隊長のダルタニャンが元帥になりたいという理由だけで取るようになること。1ヶ月で12の要塞を攻略したとの褒賞でダルタニャンに元帥杖を与えられることになるが、わざわざなぜ狙撃されるような場所で元帥杖を与えるのかということ。これらのことはそれまで展開したプロットの結末をつけるためには少し物足りなく思う(いっそのこと、モンテ・クリスト伯のようにダルタニャンがボナシュー夫人と幸福な船出をするような希望の持てるようなラストにできなかったのか。)。
ふたつめは、言葉の使い方(不適切は表現が多くあること)である。特にミレディーとラ・ヴァリエールが登場する場面ではそういった表現が多くなる。ここをうまく回避できるような新訳ができれば、30年以上前に出版された古本を購入して読む労を取る必要がなくなるのだが(最近になって、1冊2100円で復刻版が出たが、23100円を出費してこの大作を読むかどうか。それにこの復刻版は店頭で見たことがない。やはり文庫版のように手軽でないと、なかなか読者はつかないと思う。ちなみに私は、大阪市中央図書館で第1巻と第2巻を借りて読み、第3巻〜第6巻を町田市の高原書店で1冊1500円のものを購入し、その後が入手できないで困っていたところ、全11巻が神田古書街の小宮山書店で8500円で売られているのを見て、即購入した)。
みっつめは、アラミスが企てた陰謀が思わぬ人の反対にあい、頓挫するところである。第10巻のタイトルが「鉄仮面」となっているので、王か双児のフィリップのどちらかが鉄仮面をかぶって活躍するのかと思っていたが、ほんの少ししか鉄仮面は出て来ない。最初にも述べたが、ここでもプロットの展開が十分になされておらず尻窄みな気がする。ダルタニャン物語はデュマが49才の頃に約7年かけて完成しているが、「子爵」の後半に差し掛かった頃に二月革命が起こり、デュマが政治的にも経済的にも苦境に立たされたようで、そのことも作品に影響したのかもしれない。
優れた点は、明解な文章(これは訳者の技量によるところが大きいと思う)と様々なプロットの展開である。余り内容に踏み込んで書くと筋がわかってしまい、興味が削がれる恐れがある(すでにいくつか結末を言ってしまったが)ので、詳しくは書かないが、いくつか紹介すると、�@ミレディー対ダルタニャン、三銃士との対決(「三銃士」) �Aモードント対ダルタニャン、三銃士との対決(「二十年後」) �B最初敵対していた4人がなぜイギリスに渡り、その後力を合わせて帰国するようになったか(「二十年後」) �Cイギリス王チャールズ1世の運命(「二十年後」) �D王位を追われたチャールズ2世が復位するためにダルタニャンとアトスはどのようなことをしたか(「子爵」) �Eアラミスが企てたベル・イールに要塞を作るという計画をダルタニャンがどのように阻止したか(「子爵」)�F王と王弟妃との戯れの恋が多くの臣下、侍女を巻き込み、その結果ブラジュロンヌとラ・ヴァリエールにどんな影響を与えたか(「子爵」) �Gバスチーユに幽閉されていたフィリップをアラミスがどのように連れ出し、王と摺り替えるのか(「子爵」)�H鉄仮面の運命(「子爵」)�I謀反を起こしたとされ王軍に追われることになったアラミスとポルトスの運命(「子爵」)�Jアトスとその息子ブラジュロンヌの運命(「子爵」)�Kダルタニャンの運命(「子爵」)などであろうか。
とにかく次々と新しいプロットが展開してゆくので最後近くまで飽きさせないが、その結末について少し物足りないプロットもある。それでも多くの時間をさいて読む価値は十分にある作品であると思う。