プチ小説「ヘンデル好きの方に(仮題)」

自分が通学する大学の図書館を出たところで小川に出会った井上は、小川が持っている本が気になり、その本は何かと尋ねた。
お「ああ、これかい。ディケンズの『大いなる遺産』の日高八郎訳だよ」
「『大いなる遺産』なら、僕も新潮文庫で読んだことがあるよ」
お「僕もあるけど、図書館で見掛けたから、もう一度読んでみようと思ったんだ。翻訳家が違うとどうなるか興味があるしね」
「でも翻訳するテキスト(原文)が違う場合があるから、単純に比較はできないかもしれないよ。そうだ『大いなる遺産』で思い出したことがある。主人公ピップが生涯の友となるハーバート・ポケットから、ヘンデルって呼ばれるけど、なぜだか知っている」
お「ああ、それなら、ピップの実家というか育ててもらった姉夫婦の家が鍛冶屋をしていて、「調子のよい鍛冶屋」を作曲したのがヘンデルということから、ハーバートがピップの愛称にしたということじゃなかったかな」
「その通り、そこで今日はヘンデルの話をしないか。図書館を出たところの花壇の縁に腰掛けて」
お「いいよ、でも僕は余りヘンデルは聴かないかな。メサイヤは全然聴いたことがないし、「オンブラ・マイ・フ」は楽器演奏用に編曲したものをよく聴くけど...そうだ「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」は有名だね。「王宮の花火の音楽」で有名なレコードがあるのを知っている」
「有名なレコードって」
お「花火の音が入っているレコードがあるんだよ。指揮者が誰だかわかるかい」
「ストコフスキーじゃなかったかな。最後のところで、賑やかに打ち上げ花火が鳴るって、どこかに書いてあった」
お「その通り、僕がヘンデルで知っていることはそのくらいだから、あとはストコフスキーの話をしよう」
「強引だなぁ。でもストコフスキーは僕も大好きだから、大歓迎だよ」
お「井上君は今までストコフスキーのレコードは何を聴いたの」
「ロシア物をいくつか、彼の代表作、チャイコフスキー交響曲第5番、それから第4番、ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」、自ら編曲したムソルグスキーの「展覧会の絵」くらいかな。それから彼が出演した、ディズニー映画の「ファンタジア」も見たよ」
お「映画と言えば、「オーケストラの少女」というのがあるから、是非見てほしい」
「わかった」
「他にも、ベートーヴェンの交響曲第7番とブラームスの交響曲第1番が名演と言われている。でもお勧めしたいのは、ワーグナー管弦楽曲集なんだ」
「でも、「二―ベルングの指輪」の管弦楽曲ばかりだから、「タンホイザー」序曲や「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死が好きな人は興味が湧かないんじゃないかな。実は、ぼくもその口なんだけど」
「いや、一聴の価値はあるよ。「ワルキューレの騎行」なんか、ストコフスキーらしい灰汁の強い音楽だから、僕なんか一度聴いたら忘れられなくなったよ」
「ふーん、君がそんなに言うんだったら、聴いてみるよ」

(続く)